24


 そして翌朝……。
 結局、なんだかんだで、また房事に持ち込めず、それでもまあ愛があればカラダなんて……と自分を慰めつつ、ぐっすりと眠ったチャーリーは、爽やかな朝を迎えた。
 そして、起きた時刻が、いつもよりも早めだったので、たまには一緒に朝食をとろうと言いに、ガウン姿のまま着替えもせずに、とりあえずジュリアスの私室へと向かったのだった。

「ジュリアス様ー、おはようございますぅ〜、一緒に朝食でもどうかなーと思て〜」と言いながら扉をノックし、開ける。
「おはよう。今朝はずいぶん早起きなのだな?」
 ジュリアスは身支度の途中で、カッターシャツのボタンがまだとまっていない。特殊素材のアンダーシャツから透けて見えるセクシーなジュリアスの胸に、突然、欲情するチャーリー……。
「俺かて、たまには早起きするんです! エエもん見られた……ほら、もう三主星ドルの得や!」
「え?」
「早起きは三主星ドルの得……って諺があるんですッ」
「それくらいは知っているが、一体、何を得したのだ?」
 ジュリアスの問いかけを無視して躙り寄るチャーリーの目に映るのは、ジュリアスの背後にある、まだ上掛け布団を整えてもいない起きたばかりの彼のベッドである。
“うぉー、あそこに顔を埋めて、一晩中熟成されたジュリアス様の匂い、嗅ぎたい〜”
 チャーリーの中の理性が、欲望に蹴散らされていく。

「えーーーい」
 とジュリアスの腕を取り、強引にベッドに押し倒すチャーリー。
「な、何をするのだ、朝から……」
「金曜日は、フィリップとこでワイン飲んで酔っぱらって明日の乗馬に差し支えると、おあずけでした。土曜日は乗馬で疲れてグーグーと先に寝てしまわはった。日曜日は俺が接待ゴルフで帰りが遅かった。月曜日、昨夜はエエ雰囲気やったのに、エエ雰囲気すぎて精神的に満足してしまい、しそこないました……。ついでに言うなら、先週の平日もなんやかんやでやってません! ジュリアス様は平気かも知れへんけど……俺は……」
 泣き落としにかかるチャーリーに、ジュリアスは困った顔をした。
「朝日の中で……は……たぶん……」
「房事は夜限定なんて今日から俺がそのルールぶっ壊すぅぅ〜」
「チャーリー……」
 ジュリアスは小さな溜息とともに、チャーリーに口付ける。その手がガウンの中に忍び込み、胸に触れる。
「ジュリアス様……ええんですか?」
「いいも何もそなたが私を押し倒したのだぞ……」
「そーですけど……えへへ」

 “グッジョヴ、俺! 早起きして良かった〜。三主星ドルどころの得と違うで! これから仕事やし……そんなハードにはいかんやろけど……こんな目映い光の中で……ジュリアス様……と……、あ……、も、もう手が、そんなトコに……。ジュリアス様かて……もしかして……今まで……ありえへんかった朝からえっちで……はぁはぁ……。よ、欲情して……はる……のかも……、ああっ、そんな小刻みに握りしめたら……も、もう……、……って……ん? んんんん???

 チャーリーは、閉じていた瞳を開ける。ジュリアスの青い瞳と目が会う。
「……やはり……だめか……」
 ジュリアスが困ったように呟いた。チャーリーは、自分のはだけたガウンから垣間見える股間あたりをじっと見た。ジュリアスの手がそこにあり、自分のモノを優しく包み込んでいるのに一向に勃ち上がる兆しがない。
「えーーー、なんで、なんでーーっ。き、気持ちエエのに……お、俺……も、もしかして……」
 悲愴な顔をしているチャーリーを、ジュリアスがすまなそうに見つめる。
「そなたのせいではないのだ。そなたは何処も悪くはない。私のせいなのだ……」
「ど、どういうことですか?」
「光のサクリアは……その名の如く太陽の光と呼応しあう性質がある。クラヴィスのサクリアが、星の瞬きの元で最大に働くように、光のサクリアも、朝日の元で最大の力を発揮する。愛し合うことにやましさは無い……とはいえ、それは当事者たちだけの秘め事であるし、働くべき時間に、閨に横たわり快感に耽ることに、心は些かでもやましさを感じてしまう……その時に無意識のうちに光のサクリアが発動され……」
「つまり……光のサクリアの持つ力が、こんな明るい時間では、えっちさせてくれへん……というわけですか?」
「房事は夜の帳が降りてから……と閨係が私に教えたのは、そういうことも含まれるのだ。もう私は守護聖ではないのだから大丈夫だと思ったが、どうやら、まだその体質は残っているようだ……」
「あ……そういえば、あの『帝王の怨恨』(外伝3・真夏の夜の悪夢/参照)の時も、昼間は何とも無かったのに夜になるとおかしなってしもうて……。そやけど、面白いなあ……こんな風に握られててるのに心地よいばっかりで、ぜんぜんムラムラッとせえへんなんてどうなってるんやろ? 恐るべし、光のサクリア!
 ジュリアスの手を通して、彼の温かさや、優しさ……そして愛はたっぷりと伝わってくるのに、それ以上のものが押し寄せて来ない不思議さに、チャーリーは心底、感心している。
「すまない……チャーリー。今夜は必ず濃密な時を過ごそう……」
 詫びるジュリアスに、チャーリーは首を振る。そしてジュリアスの手を握ると、そっと自分のモノから外させた。
「ジュリアス様、俺の方こそ、そういう事情とは知らず、押し倒したりしてゴメンナサイです。そのうち……後何年かして、光のサクリアの残留濃度が薄くなったら、朝でもできるかも……。残留濃度やて、なんか体に悪いモンみたいに言うてしもた〜堪忍〜」
 チャーリーは、陽気にベッドから起き上がる。
「俺、着替えて来ますね。朝ご飯、一緒に食べましょう。すぐに行きますから先にダイニングルームで新聞でも読んでて下さい」
「いいや、私ももう一度身支度せねば。皺だらけだ」
 チャーリーに抱きつかれてクシャクシャになったカッターシャツを見てそう言った。二人は笑い会い、その後、チャーリーは慌てて自分の部屋に戻ると、ガウンを脱ぎ捨てた。そのとたん、先ほどまでジュリアスに触れられていた箇所が疼き出す。

「今頃、遅いやん……タハハ…………」
 ビミョーな気持ちになりつつ、クローゼットを開けたチャーリーは、ハタ……とあることに気づく。
「太陽の光の中で光のサクリアのせいでアカンのやったら、シャッター閉めてカーテン閉めて、真っ暗にしたらOKなんと違う? しもた〜、なんで今頃それに気づくぅ〜。いや……そやけど、なんちゅーても相手は光のサクリアやからなあ、そんなことでは騙されへんもんなんかも。まあ、ええわ、しっかり今日も働いて、夜になったら何に憚ることなくジュリアス様と!」
 
 決意も新たに、身支度を速攻で整えたチャーリーは、鏡の前でパンパンと自分の頬を軽く叩く。
「うん。今日もイケてる! 頑張れ、俺!
 クルリ……と反転し、大きく手を挙げてストレッチした後、チャーリーは扉を開けた。ジュリアスがそこに立っている。
「わ、待っててくれはったんですか? ありがとぅ」
 チャーリーはジュリアスの手を取る。
「仲良しの子どもが一緒に学校に行くみたいやー」
「こ、こら、やめないか。手を繋いでダイニングルームに行くつもりか? 皆もいると言うのに」
「扉の手前で離しますから……」
 それならば……仕方がないか……とジュリアスは、握りしめられた手を振り払わずにいる。
「大の男が朝っぱらから何をやってるんやか……でも、ええねん〜」
 少し頭を照れくさそうに掻いた後、満面の笑みでチャーリーは、ジュリアスと手を繋ぎ歩き出す。

“美人受付クリスティーヌ嬢、美男子社員レイモンド、食堂のおばちゃん、ローズエクレアっー馬!……全部、俺の恋のライバルや。けど、俺は永遠に◎! ジュリアス様の本命、結局ぶっちぎりの一番!

 チャーリーの熱い闘志と、妙な気配がジュリアスにも伝わる。
「何だ? 何を考えていたのだ? またよからぬ妄想なのか?」
「いいえ〜、別に何も。ただ、ちょーっと、この手はずーっと離せへん決意を固めてたトコ」
「そなた、扉の前では放すと言ったではないか。それに繋いだままでは食事が……」
 真顔で困るジュリアスに、チャーリーは吹き出す。
「ジュリアス様て、ちょっと天然……」
「なんだと?」
 ムッとしたジュリアスの手をチャーリーは、パッと一旦外す。
「こうして離しても……ココは離せへん……という意味」
 自分の胸をチャーリーは、トントンと叩いてそう言った。ああ、そういう意味だったのか……とジュリアスは納得し、チャーリーと手を繋ぎ直した。

「美しさと賢さと優しさ、そして笑いを兼ね備えた最高の人……とフィリップは、上手く言ったものだな。才色兼備な者は多いが、最後のひとつまで兼ね備えた者はなかなかいない……」
「……そういえば、フィリップもジュリアスも、美しさと賢さと優しさまでは完璧に持ってはるけど、お笑いまではなかなか……。お、と言うことは俺って実は最強や!」
 立ち止まり、空いている手を腰にあて、鼻を膨らますチャーリー。
「その通りだ。そなたは誰よりも……」
 ジュリアスは微笑み、少し床に視線を落とした後、顔を上げた。その目線のすぐ側にチャーリーがいる。見つめ合う二人……。
「誰よりも?」
 “素敵だ……、あるいは、カッコイイ……、いや、ここはやっぱり、愛おしい?”
 
チャーリーは、ジュリアスの言葉の続きを待つ。
「面白い」
「…………そー、れー、だー、けー?」
 思い切り低音で恨みっぽい声を出すチャーリーに、ジュリアスが自分の胸に触れて言う。
「私も、ここに……そなたを誰よりもしっかりと刻んでいる。マルジョレーヌ嬢にも、フィリップにも、誰にも負けぬくらいに」
 ドンドンヒャララ・ピーヒャララ……、 ウサギやタヌキが笛、太鼓を奏でながら、森の木陰から突如としてやってきて、自分の回りをグルグルと取り囲み、ドッカン〜と大玉花火があがる……そんな幻影に捕らわれたチャーリーは、その場に立ち尽くし、愛を確信する力強いジュリアスの言葉の余韻に浸る……。その時、ジュリアスの上着の内ポケットに入っていた携帯電話のメール着信音にも気づかずに……。ほわぁぁん〜としているチャーリーの横で、ジュリアスが携帯電話を開く。
「おお……」
 と感嘆の声を上げながらジュリアスはダイニングルームへと歩き出す。携帯電話の小さな画面を食い入るように見つめて。
「どーしはったんです?」
 我に返ったチャーリーは、慌ててジュリアスを追う。
「仔馬が生まれたのだ……。おそらく私が買うことになる馬だ……」
 ジュリアスは画面の中の生まれたての仔馬の動画をチャーリーにも見せた。生まれたばかりの湯気の立つ小さな体のそれは、本能で立ち上がろうとしている。二、三度、蹌踉めきながら干し草を踏みしめて立ち上がると、まだか細い四肢を伸ばす。
「うわあ……可愛いモンやなあ。そやけど、まだ生まれてもいてへん時点で買うことを決めはったんですか?」
「ああ。既に生まれていた仔馬たちは、オークションの対象の者がほとんどだったし、そうでないものも、既に余所からの引き合いがあったのだ。フィリップは話を付けると言ってくれたのだがそれは申し訳ない。それに私は競走馬が欲しいわけではないからな……」
 そう説明する間もジュリアスは俯いたままだ。何度も画像を再生している。時折、仔馬の動きに合わせて、「ほう」だの「おお」だの声をあげる。
「ローズエクレアは、クラブで乗馬する際に私が使わせて貰うだけだが、この仔馬は、最初から私のものだから、これから私に合うように調教するのだ……なんと楽しみなことだろう……」
 背景に、『じぃぃぃ〜ん』と文字が、浮かび上がってきそうなほどジュリアスは感動している。
「チャーリー、今日は二台で出社しよう。私はスポーツタイプのエアカーを使わせて貰う。退社後、そのまま仔馬を見にシフォン・ファームへと向かう。フィリップは昨夜から厩舎に泊まり込んでいて、今日は仕事は休むとメールには書いてあるが、私は先週も休んでしまったし、今日は大事な会議もあるからな。ああ、帰りは深夜になるだろうから、先に休んでいてくれ。いや、もしかするとあちらに泊まることになるかも知れぬな。その場合は早めに連絡する」
“あの〜、今日は俺と濃密な夜を過ごすハズでは?”
 チャーリーは必死で思考波を送るが、ジュリアスには届いていないようだ。

“アカン、最強のライバル登場や! あーあ、あのジュリアス様の顔、デレデレや〜。ああっ、これでジュリアス様の週末は、あの生まれたての仔馬のモンやー。土曜日だけやのうて日曜日も行くーー、言い出さはるで……。あっ、もしかして金曜日の夜から……。そんなことになったら、俺とジュリアス様、いつ房事に励むねんっ!” 

 メラメラと嫉妬の炎を燃やすチャーリーの事などまったく気づかず、ジュリアスは、一旦閉じた携帯をまた開き、先ほどの画像を見ては、顔をほころばしている。
「名前も付けねばならぬな……牡馬だというから、どこかに力強い響きもあって、それでいて優美な感じもする言葉が良いな……」
 もはや初孫の名前を付ける祖父のようなジュリアスに、チャーリーが白目を向いて嫌みがちに言った。
ヒヒンチャーリーにしなはれ」
「嫌だ」
 間髪入れず即答するジュリアス。
「…………いっそ、グランマルニエにしたらどーです?」
 拗ねているチャーリーは、どうでもええがな……モードで、そう言った。
「おお……それはいい! そなたはの直感力は素晴らしい。さっそくフィリップにそう連絡しておこう……ありがとう、チャーリー」

 “思い切り墓穴掘りましたか? 俺……”
 
速攻でメールを打っているジュリアスの背中にチャーリーはそう思う。
 しかし……。

「チャーリー……。すまなかった、つい浮き足だってしまって。グランマルニエの様子を見に行くのは明日にしよう。今夜はそなたと過ごすはずであったな……」
 ダイニングルームの扉の前で、ジュリアスが振り返ってそう言った。
「ジュリアス様……(うるうる)」
 “へっへーん、ゴール直前で、巻き返し、やっぱり俺がジュリアス様のイチバン〜”

 だが……。

「いや、エエですよ、この世に生まれて一日目、その姿を見ておきたいんでしょう? 遠慮せんと行ってきてください。明日も明後日も、俺はジュリアス様と一緒なんやし、毎日、夜は絶対来るんやし」
“何、言うてるねん、俺! 口が、口が勝手に、エエ人になりよるぅ〜ぅ〜。あうあう”
 涙目になりながら、口元は笑顔という奇妙なチャーリーの様子を察したジュリアスは、少し考えてこう言った。
「もし良ければ、退社後、一緒にファームに行かないか? 一目だけ見て帰ろう。そうすれば、さほど遅い時間にはならないだろう」
 自分を思いやってくれたジュリアスの気持ちが嬉しくて、チャーリーは頷いた。
 が……その時、スイッチが……。

“帰りって、ジュリアス様と夜のドライブ……おお、国道沿いにラブホ街があるでっ! ジュリアス様とラブホなんて初めてや! ああっ、ラブホもエエけど、そのまんま脇道の暗がりに逸れて、そこでちゅー手もあるっ……。ムフフ……動きに合わせて軋む車体……。そやけどあのスポーツカーでは、俺ら二人が絡むには狭すぎるなあ……。シークレットモードもバッチリのビジネス用セダンで行った方が……いっそ、使用人が買い出しに使うワンボックスで……。あ、それやったらキャンピングカー……ベッド付きやし……”

 果てしない妄想の森は深く、チャーリーはズンズンと、奥へと入り込んでいく。その入り口で、ジュリアスは踵を返し……、つまりはダイニングルームの扉を開け、執事とメイドたちと、朝の挨拶を交わした後、燦々と朝日の入り込む窓際の席に座る。

「やはり一人で行こう……か?」
 ニタニタしながらこちらに歩いてくるチャーリーを見て、ジュリアスはそう呟く。
「今日は特別、良い天気でございますね」
 執事は、新聞をテーブルの上に置きながら言う。
「うん、ホンマ、エエ天気や〜。あ、俺、今朝はフルーツ、たっぷりめにしといて〜」
 上機嫌この上ないチャーリーは、着座しながら執事にそう言う。
「聖地杯から十日ほどしか経ってないのに、もうすっかり初夏の風情になりましたねえ」
 チャーリーは、開け放たれたテラスの向こうの木々の緑と空を見上げて、先ほどの妄想中とは打って変わった爽やかな笑顔でそう言った。またひとつ季節をジュリアス様と一緒に迎えられる幸せを感じながら……。

 

 ひとまず・お・わ・り
 

■あとがき■
 


聖地の森の11月  陽だまり ジュリ★チャリTOP