遠くで電子音が鳴った。その音がだんだんと大きくなってくる。チャーリーは、その電子音が目覚まし時計によるものだと気づき、手を伸ばして止めようとする。だが、いつもあるはずの場所にそれがない。あれ? おかしいな……と思うと同時に、電子音が止まった。
“ああ……そうや……ここ……ジュリアス様のベッドやから……”
と思った瞬間に、チャーリーは昨夜の事を思い出し、ガバッと飛び起きた。慌てて起きたのは、ジュリアスも同様だった。彼は目覚ましのアラームを止めた後、「うっ」と呻き口元に手をやった。チャーリーの方は「くっ、臭!」と呟くなり吐きそうになっている。部屋中、悲惨な状態になっている。こぼれた酒と二人分の残滓による生々しい臭い……。投げつけた天球儀が破損し砕けた一部と、その衝撃で壁に大きくついた傷、投げ捨てられた枕から飛び出た羽根……特にベッドの上にあるものは自分自身の体も含めとんでもない有様だった。
「髪の毛、ゴワゴワしてる……まとまってる……くっついてる……」
チャーリーは、顔を引きつらせながら、まるでグロスやムースをつけすぎたように束になっている髪を触った。
「これ……は……」
ジュリアスは、唖然としたままベッドの上に座り込んでいる。
「何も覚えてはらへんの?」
チャーリーの声は些か冷ややかだった。
「いや、覚えている! だが……」
ジュリアスは、信じられない、信じたくないとばかりに額に手を置いた。
「……ジュリアス様……」
と言ったきり、チャーリーは俯く。二人して次のアクションが取れないままに、数分が過ぎた。
「あ……。会社行かんと! 出来ることなら休んでしまいたいけど、今日は午後から大事な契約が……。午前中にもやらなアカンことが……」
チャーリーは、体のあちらこちらが痛んでいたが、フラフラしながらようやく立ち上がった。ジュリアスもそれに続く。チャーリーは、メイドに洗濯をさせられる状態にないシーツを剥ぎ取り丸めた。
「……これ俺が処分します。メイドには後で俺が酔っぱらってジュリアス様の部屋で大騒ぎしてお酒とゲロをぶちまけた……とでも言うときます。ともかくシャワーを浴びて、この髪をなんとかせんと……。ジュリアス様も早よ!」
チャーリーは床に落ちていた自分のガウンを羽織ると、汚れたシーツと壁際にゴロン……と転がっていたブラックオパールを拾い上げで、ヨタヨタとした足取りで自室へと戻った。彼が去った後、ジュリアスは、思い切り窓を開け放った。新鮮な朝の空気が全て洗い流すかのように入り込んでくる。ようやく彼スの頭の中がすっきりとしてくる。たが、戻ってきたのは彼の理性だけではなく、昨夜の記憶もだった。自分がどのように振る舞い、チャーリーに何をしたのか……、それを思うと自身に対して怒りが込み上げてくる。だが今は、そんな感情に思いを巡らせている場合ではなかった。
身支度を調えたジュリアスが私室から居間に出ると、チャーリーが、首から下がったままのネクタイをモタモタと結びながら、執事と何かを話している所だった。執事はジュリアスの姿を見ると、「おはようございます」と頭を下げ、チャーリーには「すぐにご用意いたします」と言い去っていった。
「朝食、食べてる時間もないし……、食べる気にも……。玄関にエアカー回して貰らうよう言いました。執事にはジュリアス様の荒れた部屋の事、うまいこと言うときましたから」
チャーリーの口調はテキパキしているものの、さっきからネクタイが一向に上手く結べていない。体の重心が定まらぬようで、時折、ふっと後に倒れそうになっている。
「お車、ご用意できましたー」
執事の声がしている。二人は無言のまま、廊下へと出、やはり押し黙ったままエアカーに乗り込んだのだった。
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