〜サバイバル キット〜


「申し訳ありませんでした」
 ヴィクトールは、ジュリアスとルヴァを前に、深々と頭を下げた。

「もうよい。その程度の傷で済んでよかった。惑星トラジャの民には申し訳のない事をしたが、しようのない事だ。後ほど改めて、部族の長には文をしたためたいが……」

 ジュリアスはルヴァの助言を求めるべく、彼を見た。

「なかなか聖地や次元回廊を理解してもらえるとはあまり思えませんがね」

「持ち帰ったカラーシレンコォーンは研究院で既にエルンストと、ゼフェル様が、解析に当たられています。もしよろしければ私はこれで下がらせて頂いてよろしいですか? オリヴィエ様の様子が気になりますので」

「ああ。私も後ほど、見舞うことにしよう。よろしく伝えて欲しい」

「はい」
 ヴィクトールは一礼すると、ジュリアスの執務室を出て、オリヴィエが治療を受けている研究院内の集中治療室に向かった。オリヴィエは部屋の真ん中に、点滴を打たれて寝かされていた。

 ヴィクトールは、そっとオリヴィエに近づいた。

「ヴィクトールぅぅ」
 オリヴィエは情けない声を出した。

「ジュリアス様に報告は済ませて来ました。お怪我の具合は?」
「具合もなにも……。アンタだって見てたでしょ。鏃の先で、ちょっち突かれただけだってば。確かに出血は結構してたけど……。連中ったら、ヒドイんだよ」

 オリヴィエは眉を顰めながら、少し離れたところでモニターを監視している医療スタッフを指差した。

「はぁ?」
「このワタシをだよ! いきなし、ヒン剥いて全裸にした後、シャワーさせて、消毒しまくって、ベッドに放り込んで、点滴は打つわ、傷口えぐるわ……」

「それは仕方ないでしょう……。惑星トラジャの森にいたんですから、何か未知の細菌がついてるかも知れない。私だって、この部屋に入るのに、頭から、たっぷり殺菌光線を浴びせられましたよ。傷口だってよく洗浄しませんと……」

 こういう事に慣れているヴィクトールは、苦笑しながら言った。
「大した傷じゃないのに、点滴までする事ないじゃない。お腹空いたって言ってんのにさ。点滴より先にシャンパンでも持ってきてってば〜」
 オリヴィエは、すこぶる機嫌が悪い。

「ですから点滴の中に抗生物質が入ってるんですよ。それに、相当、紫外線を浴びられましたからね、ビタミンも取らないとシミに……」

「ちょっとっ、紫外線ってどういう事だよっ」

「エルンストから説明があったと思いますが……。かって惑星トラジャでは、大規模な地核異変と核戦争があったと。その時に、オゾン層がかなりダメージを受け、今でも紫外線の値は、聖地の百倍ほどだと……私でさえ、UVプロテクトクリームを塗りましたよ。まさか……」

「うう……いつものファンデーションだけだった……」
 オリヴィエは衝撃の事実にダメージを受け、ベッドに深く沈み込んだ。

「もういいよ、当分大人しくしてるさ……ところでさ、ひとつ気になる事があるんだ」
「なんでしょう?」
「アンタの持ってた、あのプレート、サバイバルキットね……五枚組みのヤツ。最後の一枚は何?」

「これです」
 ヴィクトールは、その一枚のプレートを取り出してオリヴィエに渡した。
「なんだろう……これだけフィルムでシールドされてるけど。開けていいの?」

「どうぞ……と言っても、片手では不自由ですね……私が開けましょう」
 ヴィクトールは、そのプレートの透明のシールドを引き剥がした。それは尚も、シルバーメタリックの特殊紙で包装されていた。その一部をヴィクトールは、半ば強引に引き離して、オリヴィエに手渡した。

「何? あ、チョコレートだ。ひゃぁぁ、このチョコレート、神鳥のレリーフ入りだよ」

「軍の支給品ですから」
 ヴィクトールはニヤリと笑った。

「お腹空いてるし、有り難く頂くよ…もぐもぐ……う……でも、マズイね、このチョコ……」
 オリヴィエは、チョコレートにかぶりついてから、少し後悔したようにそう言った。

「遭難対策用なので味の方までは。けれど、各種栄養剤入りです。これ一枚でかなりの期間の栄養が補給できます。なにせ十万カロリーもあるんですから……あ、気にせずに、その最後の一口を、飲み込んで下さい。オリヴィエ様はもう少し太られたほうが健康的でいらっしゃいますから……」
 ヴィクトールは、笑いを噛みしめながらそう言った。

お・し・ま・い

聖地の森の11月 陽だまり