開け放たれた執務室の窓から、聖地のまばゆいばかりの朝日が差し込んでいた。この光がジュリアスは好きだった。朝一番に執務室に入った時に、その光りを存分に浴びる為に、執務室棟の側仕えのものには窓を開けておくように言いつけていた。
しかし、ここ数日はその光が身を突き刺す矢のように感じられる。ジュリアスは軽い眩暈を覚えながら、やっとの事で窓際まで辿り着くと物憂げにその窓を閉めた。
(一体どうしたと言うのだ……この気怠さは……それに……数日前まではこの手の爪の先までも我がサクリアが満ちていたというのに)
その時、背後で気配がし彼は振り返った。
「クラヴィスか……ノックもせずに無礼であろう」
全身から来る倦怠感を悟られまいと、ジュリアスは踵を返しつつ言った。
「ドアは半分開いていた……入るぞと三度声をかけた……それに私を呼びつけたのはお前の方だ」
クラヴィスは既に、ここ数日のジュリアスの変化に気づいていた。その原因までは知らなかったが。
「そうか、それはすまなかった。考え事をしていたのだ。それより女王陛下よりご報告があった件だが、Dエリアの惑星内では災害が続出している、お前は闇のサクリアをきちんと送っているのか」
「Dエリア……そんな要請があったのか……」
「とぼけるな! 報告は届いているはずだ。私がいなければお前が年長の守護聖として皆を束ねてゆかねばならんのだぞ。大体その態度は……」
と、そこまで言いかけて再び眩暈がジュリアスを襲った。
「く……もうよい、Dエリアにサクリアを送るのを忘れるな、下がれ……」
クラヴィスは無言でジュリアスの執務室を出た。
(私がいなければ……私がいなければだと? あれのまさかサクリアに衰えが?)
クラヴィスが去った後、ジュリアスは己の体内に宿るサクリアの光が緩やかだが確実に小さくなってゆくのを感じた。
(聖地を去る日が近づいている……ということか……)
すべてが、物憂げな一日が終わろうとしていた。あれほど生命と誇りに満ちていた朝日は跡形もなく消え去り、ただ残照のみがジュリアスの苦悩に満ちた横顔を照らしていた。
「灯りも付けずに何を考えているのだ……」
ふいに耳に届いた声に我に帰ったジュリアスは、長い影の向こうにクラヴィスの姿を見た。
「マルセルの所にあったカティスのワインだ……飲まぬか?」
クラヴィスはワインのボトルとグラスをジュリアスの鼻先に突きつけた。
「カティスのワインか……まだ残っていたのか……」
クラヴィスは栓を抜き、ワインをグラスに注いだ。ひとつのグラスをジュリアスに手渡した。
「お前や私のように長きに渡って守護聖をしていると、己のサクリアに疲れが来る時があるそうだ……。以前、私にもそういう事があった……」
ジュリアスはその薔薇色の液体が乾いた体に浸みてゆくのを感じつつ、じっとクラヴィスの話しを聞いていた。
「私の時はカティスがこうして酒を飲ませてくれた……そして一晩何もかも忘れて子どものように眠ればいいと……」
「私を慰めているのか……この私が人に慰められるとはな」
ジュリアスは屈辱感を感じながらも、何故か嫌ではなかった。
「ふっ……お前を慰めるつもりはない。お前が聖地を去るような事になると困るのでな。私は皆の管理役などごめんだからな」
それからしばらく……ジュリアスの執務室には、酒をグラスに注ぐ音のみが微かに響き、ジュリアスがつけた燭台の小さな灯火が二人の影を壁に大きく映し出していた。
「お前と杯をかわすなど、初めてのことだな」
ジュリアスはふいに呟いた。
「いや二度目だ」
「いつの事だ?記憶にないが……」
「聖地に召されて間もない頃、女王の宮殿の森で迷っていて、偶然お前と出くわしたことがあったろう…」
「ああ……確かそのような事があったな、私も散策の途中だった」
ジュリアスの脳裏にあの日、汗だくになりながら歩いている幼き日のクラヴィスが映った。
「道を教えてくれると、持っていた飲み物をくれた」
「それが一度目の杯というわけか。中味は酒ではないがな」
「……中味はライチのジュースだった……」
「何?」
「あれから私はライチが好きになったからよく覚えている」
照れた顔を見られまいとクラヴィスは立ち上がり、窓辺に佇むとジュリアスに背を向け、窓の外の星空を見るふりをした。
「今宵はまた見事な星月夜だ……少し風にあたって見るのもよいぞ」
クラヴィスは誘うようにそう言うと振り返った。が、返事はなく、ジュリアスはソファにもたれて静かな吐息をたてているばかりだった。
「張りつめた心を緩めよ。せめて今宵はゆっくりと休むがいい……」
クラヴィスはジュリアスの肩にそっと手を置いた。
闇の守護聖の司る安らぎのサクリアを感じながら、ジュリアスはかつてないほどの深い眠りに落ちていった。目覚めた時の自らのサクリアを確信しながら……。
−END−
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