神鳥の瑕 第一部 OUTER FILE-02

馬糞は金なり……
 

  
  オスカー帰還の賭けに決着が着き、主塔に引き上げようとするジュリアスたちを前にして、ヤンがボソッと言った。
「オスカー様の一人勝ちで、鞍と手綱の事はともかく、馬糞係はどうなるんですか? 結局、全員が負けってことですよね? 全員でするってことですよね?」
 何気なしに言ったヤンの言葉に、オリヴィエとジュリアスが、ピクリと反応した。
「そりゃ、そうだ。そう決めたんだからな。仕方ない、負けた者二人一組で、順番に馬糞係りをやっちまおうぜ」
 と何も考えずに答えた若い騎士の横腹を、感の良い者が突っついた。
「いや、まあ、これは元々、騎士団の仕事だからのう、敗者なしというとで、いつも通りに当番でするのが一番良いのう」
 ラオは、とっさにフォローを入れる。だが、ジュリアスは、ずいっと前に出た。
「負けは負けだ。私とオリヴィエも参加する。さしあたり明日の朝一番にでも。オリヴィエ、よいな?」
 キッパリとそう言い放つジュリアスに、オリヴィエは渋々頷いた。

 かくして翌日……第一騎士団の厩から、裏庭までをジュリアスとオリヴィエは、馬糞の入った桶を、天秤棒の両端に吊して歩く。彼らの衣装は正装でないにしても、長衣の上に贅の凝らした刺繍の短衣を重ね着たものだ。その二人が、額に汗をしながら、馬糞桶を担ぐ姿は、異様なものがあった。

「なんのこれしきのこと。これでも私は幼少の頃は、自分の馬の世話は自分でしていた事もあるのだ。馬糞が嫌では、馬に乗る資格などない」
 大したことではないという風にジュリアスは言ったが、そう言葉を発した後で、うっかり吸い込んでしまった悪臭に、むふぅぅ……呻いて、鼻から息を 、フンガッ……と思わず吐いてしまう。
「ワタシだって、モンメイの後宮にいた頃は、お肌によいからと毎朝、鶯の糞で顔を洗っていたんだよ」
 微妙にずれている気がするが、糞つながりということで、まあいいか……と思いつつオリヴィエはそう言った。
 彼らの後を、顔を引きつらせて、こそこそと着いてくるのは、オスカーとラオ率いる第一騎士団のメンツである。もしもこんな所を、ツ・クゥアン王はじめとする元老院の方々に見られでもしたらと思うと気が気でない。
 ようやくジュリアスとオリヴィエは、裏庭の堆肥作りの為の大穴まで辿り着いた。そこには、近くの村の貧しい農夫が、請われて堆肥を引き取りに来ていた。
 農夫は、ジュリアスとオリヴィエが澄ました顔をして馬糞を大穴に入れる様を見て凍て付いた。
 皇帝とモンメイ王子、御自ら堆肥を作られている……、農夫は、この衝撃の事実に、ハタとひらめいた。二束三文どころか、金を貰ってまで引き取っていた馬糞を小袋に分けて、王様印の堆肥として売り出したのである。
 これで大儲けした農夫は、以降、馬糞王と呼ばれるまでの大富豪になったという……。ちゃん、ちゃん。
 

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