いつも優しげで、穏やかな眼差しの地の守護聖が、その日は固い表情をしていた。
見聞を広める為に、ジュリアスとクラヴィスは、この教育係の地の守護聖と共に他星に出かけることは、珍しくなかった。
その日もそうだと、ジュリアスは思っていた。

 他星に続く次元回廊の前で、地の守護聖は辛そうに言った。
「今日は、クラヴィスに、闇の守護聖としての大切な仕事をしてもらわなくてはなりません」
 クラヴィスは無言で頷いた。

「ここ数日、陛下のお力に翳りが出ていることは知っていますね?」
「何か原因が、判ったのですか?」
 ジュリアスの問いかけに、地の守護聖は深く頷く。

「ナドラーガのことは二人とも知っていますね……その存在は極めて抽象的でありながら確かに存在する……遠い違う次元にあるようで、実は全ての人の心の中にあって、その人の心の作用によって悪しき影響を及ぼすもの……それらに深く関わるひとつが、死して尚、昇華されなかった死者の魂です」
「無念のうちに死んだ者の魂の一つ一つが、陛下のお力に影響するのですか?」
 ジュリアスは納得のいかない顔をして言った。
「そんな魂の全てが、ナドラーガと直結しているわけではありません。浮かばれず、その土地にしがみついて泣いているだけの魂に、陛下のお力が作用されることはありません。ただ、そんな小さな悲しい魂も、何かのことがきっかけになり、強く蠢き、その無念が聖地にまで届くことがあるのです。例えば、陛下や我々の出生の星など、何か縁のある星のことなら尚更。それが陛下のお心を乱します。その魂を鎮めることが出来るのは、闇の守護聖だけなのです。代々の闇の守護聖がその役割を負ってきました。まだ幼い貴方に、この役割は辛すぎると、陛下や私たち年長の守護聖は思っています。自然にその魂の嘆きが治まってはくれぬかと、ここ数日待ちましたが、昨晩ついに陛下が意識を失われました」
「陛下が!」
 思わずジュリアスとクラヴィスは声をあげた。
「もちろん一時のことですよ。けれど、こんな事態が長引いてはよくありません。それで、クラヴィスの力が必要なのです」
 地の守護聖は、クラヴィスとジュリアスの手を引くと次元回廊の中に入った。

 降り立った先は、人気の無い野原の只中だった。澄み渡る青い空、木々の緑は美しく小鳥の囀りも聞こえる、一見、穏やかな場所だった。
「クラヴィス、見よ。あの岩場の陰に小さな動物が……」
 ジュリアスは広がる美しい風景の中に愛らしい姿を見つけて、思わず微笑みながら振り返った。が、クラヴィスは、辛そうな顔をしてただ立ち尽くしていた。
「ジュリアス、こちらに控えていなさい。もう鎮魂は始まっています」
 地の守護聖は、小声でそう言った。やがてクラヴィスは、誰もいないはずの場所に向かってしきりにサクリアを放ち出した。

 何故、クラヴィスに見えて自分には見えないのか? クラヴィスにしか治められないものなら、何故自分も同伴しなくてはならないのか? とジュリアスは、地の守護聖に問いつめた。地の守護聖はそれに答えず、今しばらくは、ただクラヴィスの様子だけを見ているようにと告げた。
 そうしてクラヴィスのサクリア放出が、一通り終わった刹那のこと……、ジュリアスは、クラヴィスの体が、ふわりと浮いたように感じた。クラヴィスの瞳には覇気が無く、開いているのに何も見ていないかのようだった。
 ジュリアスは夢中で、クラヴィスの名前を呼んだ。が、クラヴィスは答えない。クラヴィスがどこか遠くに行ってしまう幻影を見たジュリアスは、思わず駆け寄り、彼の肩を抱きどこへも行かせまいとした。

 そしてしばらく……大きな暖かい手がそっとジュリアスの背中を叩いた。
「ジュリアス……もう大丈夫ですよ」
 ジュリアスが、顔をあげると、クラヴィスがぼんやりとはしていたが、確かに彼の顔を見つめていた。

「闇の守護聖は人の魂を導く……鎮魂する魂の力が強くて、逆にクラヴィスの意識が戻って来られない時がある。陰の世界に入り込んだ魂を呼び戻せるのは、光の守護聖である貴方だけなのですよ、だから、闇の守護聖が鎮魂する時は、いつでも光の守護聖が側にいなくてはならない。代々そうしてきたんです。私や他の守護聖では、闇の守護聖の心の扉を叩くだけしか出来ないのです。無理矢理にでもこじ開けることが出来るのは、相反する力を持つ光の守護聖だけ。クラヴィスの鎮魂に貴方を連れてきた理由は、解りましたね」
 地の守護聖の言葉に、ジュリアスは深く頷いた。
 

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