思いの外、風は冷たかった。低く垂れ込めた灰色の雲がその街を包み込んでいる。遥か彼方に山を抱き、その手前には深い森。いつも降り立つ賑やかな主星の街からは、かなり離れた郊外の古い静かな小さな街。その街の外れに拡がる野原一帯が、ジュリアス様の家の領土でもあると聞いていた。その野原の中に、ジュリアス様の住む館があった。
暖かい季節ならば、この野原にはきっと美しい花々が咲いているのだろう。 だが、今は、青い芝だけが続いている。冬なのに湿度が高いのだろう、枯れることなくしっとりとしたベルベットのような芝を俺は踏みながら、その屋敷のドアを叩いた。
初老の執事は、俺がジュリアス様への取り次ぎを頼むと、異様なまでに頭を垂れた。
「ジュリアス様は遠乗りにおでましになっています。休日ですので、どなたも取り次ぎはせぬようにと仰いましたが。聖地の事は時折、伺っておりました。 貴方様の事もよく。よろしければ、馬をお貸しいたしましょう。 この野原をずっと山に向かって真っ直ぐ行ったところに、林が見えますでしょう。その手前に小川がございます。それを越えて林道沿いに行くと湖があり、それがジュリアス様のよく行かれる遠乗りのルートなのです」
執事は俺に、当然のように、馬を使うように勧め、厩舎に案内してくれた。そして、慣れた手つきで鞍を用意すると俺に手綱を持たせてくれた。
「この馬は気性が荒ろうございますが、それだけに足は速いのです、いかがでしょう」
「いい馬だ……。名前は?」
俺は馬に乗りながら執事に尋ねた。
「アグネシカと申します」
俺の持っていた馬と同じ名だった。確かに毛色がよく似ていた。気性も荒い馬だった。ジュリアス様が、俺の事を懐かしんで名付けてくれたのではないか、と思うと嬉しかった。
「ありがとう」
俺は執事にそう言うと、目印になっている木々の連なりに向かって一心に馬を走らせた。
ジュリアス様との距離が確実に縮まってゆくのを感じながら、俺は手綱を握りしめた。聖地で最後にジュリアス様と遠乗りに出掛けた事が、随分と昔の事のようだった。言われた通りに、野原を突き抜けると、小さな川を挟んだ向こうに、木々の合間をぬって伸びる一本の道が見えた。
「どう……よく走ったな、少し休もうか」
俺は速度を緩めて、一旦、その小川の前で手綱を引いた。俺が降りるとアグネシカは、川の水を旨そうに飲んだ。小川のせせらぎ、鳥のさえずり……、その音の中で、俺は、遠くに馬の蹄の音を聞いた。
アグネシカは、水を飲むのを止めて一声鳴いた。林から続く小道に白馬の姿が見えた。
「ああ……」
俺の鼓動は早くなった。俺はその白馬の上に、ジュリアス様の姿を見つけた。アグネシカと俺の姿を、ジュリアス様も捉えているに違いない。
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