「ここは貴方みたいな人が、ギャルソンをするような店じゃないわ。表通りの店にお行きなさいな。この辺りに不慣れのようね? ピガール広場に面した所に大きなカフェがあるわよ。そこなら客層もいいわ。チャンスを待つには、いい店よ」
 ミレーヌは、雇って欲しいと、店に入って来たオリヴィエにそう言った。
「あの……チャンスって?」 
「劇場(コヤ)でのオーディションとか、そういうのよ。綺麗だもの、俳優にでもなりたいんでしょ? 違うの?」
 そう言われて、オリヴィエは、昨日、そのカフェをクビになったことを正直に話した。

「なるほどねぇ……」
 ミレーヌは、少し険しい顔をした。
「リュミエールは悪くないんです。その紳士は、とてもしつこくてワタシもウンザリしていたし。勤めて、まだ数日なのに、他にもいろいろ声も掛けられて、ちょっと鬱陶しかったし」
「まあね、貴方、綺麗だもの仕方ないわね。そういう苦労なら私も気持ちは判るわ。若い頃は苦労したもの。今だって時々は」
 ミレーヌはサラリとそういうと少し笑った。確かに彼女の目鼻立ちなら、声を掛ける男は多かっただろうし、返って今くらいの歳の方がいい感じかも知れないと、オリヴィエは思う。
「まあ、その点、ウチの店なら、そういう紳士面した嫌な客は少ないわ。常連ばかりだし。でも、時給は安いわよ、それでもいい?」
「ウィ、マダム」
「ああ、マダムはよして。ミレーヌと。ごめんなさい。紹介するの遅れたわ、この人は、アラン。私のパートナーよ」
 ミレーヌは、自分の後で珈琲を飲んでいる男の方を振り返り、そう言った。
「てっきりお客さんだと思った……。あの、オリヴィエ・セキと言います、どうぞ、よろしく……」
 オリヴィエは立ち上がり、アランに向かって深く頭を下げた。
「セキ? 変わった名前ね? それに面白い挨拶の仕方をするわね? 東洋人のよう。日本人って、そんな風に頭を低く下げるんじゃない?」
 クスッと笑うミレーヌに、オリヴィエは、『実は……』と、大まかに自分の事を話し始めた。

 それから、その日の午後は、客が来ないのを良いことに、オリヴィエは、ミレーヌに質問攻めに合った。アランは時折、相づちを打つ程度だったが、東洋に興味があるらしく、オリヴィエの話す上海の様子に目を輝かせていた。
 オリヴィエの方も、二人が、まだ十代半ばを過ぎた頃に、マルセイユから駆け落ち同然で巴里にやって来たことを知った。

 こうして、オリヴィエは、この店のギャルソンとして、巴里の生活の再スタートを切ることになったのである。 
 
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