★ あとがき ★
(本に掲載されたままの文章を載せています)


一八四二年、イギリスとの阿片戦争に破れた清朝は南京条約により上海を開港した。
自らの利益を守り追求するために外国人たちは故郷と同じ租界を造った。

街には欧風の建物が建ち並び黄浦江には外国船が出入りする国際都市に発展してゆく中で、その航路の活発さに乗じ流入する船員や港湾作業員、さらに一八五一年太平天国の乱によって祖国を追われた中国人の流入により上海は混沌とした魔都に変じてゆく。

共同租界、フランス租界、華界とお互いを牽制しあう行政警察機構の隙に入り込む黒い影。血と阿片の匂いのする汚れた金が華やかな上海を支えていた。

パスポートもピザも不要の自由都市、それ故にその地に行けば、それまでの人生が精算されると考えた者も多かった。

どんな重い罪を犯していようと、
どんなに深い傷を心に負っていようと、
あるいはただ純粋に欲望の為であろうと、
来るものは拒まず受け入れてくれる夢の街、東洋の魔都・上海。



◆◇◆



いつになく固い書き出しになってしまいましたが、上海と言えば、森川久美さんの「蘇州夜曲」や「南京路に花吹雪」等を思い出してしまう人も多いかと思います。でも若い人は知らないだろうなぁ。十五年位前ですものね。ノスタルジックで妖しくて危険な上海を舞台に繰り広げられるハードな世界に憧れたものでした。実際には、目も覆いたくなる程、悲しい時代ではあるのですけれど。

水夢骨董堂の舞台となった上海は一九二五年、
上海が時代の渦に飲み込まれ蹂躙されてゆく少しだけ前のギリギリの頃です。

この物語を書くきっかけは、腐りちゃん工務店さんの「リュミエールコレクション’97」というリュミエールにいろんな衣装を着せて楽しもう、そしてその絵に短い話をつけよう…という一風変わった同人誌の原稿を依頼された事から始まりました。

そこで私は一九二五年上海とタイトルの付いた中村屋とらじゃさんの絵(春の章の絵)と出会いました。とらじゃさんは、ラストエンペラーなリュミエールとロシア亡命貴族のオリヴィエという、シリアスなイメージで描いたそうですが

私は、美貌を盾に偽骨董品を売る妖しい二人組……をイメージしてしまったのでした。
けれどこの私の発想は、とらじゃさんのツボを突きまくったのでした。

聖地も守護聖も関係ない、しかもリュミエールはあんなだし、はたしてこんな本が世間のアンジェリーカーに受け入れられるのかなぁと途中でふと不安になりましたが、このちょっと異質なアンジェ同人本作りに私たちは夢中になってしまっていたのでした。

熊本と京都を連日飛び交う打ち合わせのFAXと暴走する妄想、図書館から仕入れてきた資料の山に喘ぎつつ、苦しみつつも楽しい半年間でした。もしもこの本を読んで下さった方が私たちと同じように「上海に行きたーい」と思って下さったら、それが一番の誉め言葉です。


一九九七年 夏
謝謝

思惟

作品リスト◆ ◆迷いの森◆ ◆聖地の森の11月