李は、臙脂(えんじ)色したカーテンを開けると、悴んだ手でストーブに火をつけた。その上にやかんを乗せると、やっと一仕事終えたような面持ちで、ようやく分厚い外套を脱ぎ捨てた。
彼が、些か上機嫌なのは、午前中の予定が珍しく入っていないからだった。授業も、会議も、どこかの要人の為に色紙に一筆したためるようなお義理の仕事も、何もなかった。 著名な書家であり、大学で教鞭を執っている李だが、ここの処の慌ただしい時勢の中で、研究室に籠もることが出来る日はめっきりと減っていた。 一刻も早く溜め込んだ書物を読みたい、ゆっくりとお茶を飲みながら……そう思いながら、彼は、冷え切った指先をストーブに翳しながら、湯が沸く間をもどかしく待っていた。
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