「一つの國をまとめる事は、綺麗事じゃないと俺もわかってはいる。理想の國を作るためには犠牲はやむをえんが、しかしこれではあまりにも汚すぎるじゃないか。俺はこの作戦を中止するように嘆願した。上層部の連中は、身を持って挺するならばそれでよしと言った。つまり俺自身の判断で止めるならば止めてもよい、その作戦を咎めはしない、好きにしていいと言うことだな」 「与り知らぬ……か、お偉いさんの言いそうなことだ」
「教師一家が演劇鑑賞から夜遅く帰る事になっている日を、俺はXデーと睨み、なんとか食い止めようと、俺と考えを共にする仲間と見張っていたんだ。教師の自宅近くの一番人気のないところで俺は待機していたんだが、その少し手前で騒ぎがあったと連絡が入り慌てて俺は駆け付けた。そこでは本物の抗日運動家たちが軍の倉庫を襲っていたんだ。肝心の味方の半分は、教師一家の方に回っているし、俺たちは苦戦した。俺は乱闘の末、片目に怪我した」
「それがその時の傷か」
俺は立木の右目を覆っている包帯を見た。「そうだ。警官が駆け付けて連中はその場から逃げ出したが、俺はそのうちの一人を追ったんだ。城内付近まで追いかけてきたところで、俺は傷が痛みだし、気分が悪くなり倒れ込んでしまった」「あんたを助けてくれたのが、あの娘か?」
俺はドアの方向を顎でしゃくった。「いいや……倒れた俺を助けたのは抗日運動家の一人だったんだ。安寿は怪我の手当をしてくれたんだ。日本の軍人が怪我をして城内で倒れている……こんなおいしい人質はいないからな。俺の命と引き替えに日本軍に捕まっている仲間を交換できると思ったらしい。俺は連中と話し合ったさ、上海に来て初めて知ったよ、日本軍の非道さに。全部話さずとも、軍の連中が公私ともにどんな事をしてきたかはあんたにも察しが付くだろう。俺が今までお國の為と信じてた事は何だったんだろうと情けなくなったよ……。連中が俺と引き替えに助けたいと思っていた人物は既に獄中で死んでいる、俺も立ち会ったから間違いはない。それがあの安寿の父親だった……」
「タチキ……日本軍はあんたを探しているぞ、この先の麦という家が抗日運動家のアジトだという情報が、軍に知られるのも時間の問題だ」「ああ、昨日、それらしい男が探りを入れて来たようだ。だから俺は安寿の家に移動した。アンタの偶然には驚いたよ」
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